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「工学部・水柿助教授の解脱」森博嗣 感想

国境の長いトンネルをついに抜けられなかった。


(本文より)



「工学部・水柿助教授の解脱」 森博嗣


引用したのは冒頭の一文だ。
不覚にもこれでいきなり大爆笑してしまった。
そして、次の節の書き出し

国境の長いトンネルはなかった。



再び、爆笑。
どうも、この「雪国」ネタは僕の笑いのツボをがっちり捕まえてしまったらしい。
残念ながら雪国ネタはこの二発だけだったが。

さてこの「工学部・水柿助教授の解脱」であるがMシリーズの第三作、ラストである。
Mシリーズとは森博嗣が「これは小説だ!」と言い張りながら自分の私生活を描いたエッセイ(あえてジャンル分けをするならエッセイが近い気がする)だ。
冒頭がいきなりパロディで始まることからも分かるように絶対にまじめに書いていない。
もう中身はほとんどくだらないジョークで埋め尽くされているといっていい。
(それが面白いからついつい読んでしまう訳だが)
そもそもこの本、かなりヘヴィな森博嗣ファン向けに書かれている。
森博嗣の作品は読んだことないなぁ、という人にはぜひ他の「すべてがFになる」とか有名所から読まれることを勧める。
この本が面白いと思えるようになったら、もう重度の森博嗣ファンだと判断して間違いない。
取り返しはつかないし、取り返したところでどうしようもない。

どうでもいい事だが僕はずっとこの本のタイトルを「工学部・水柿助教授の解説」だと思っていた。
“ごんべん”と“つきへん”を見間違えていたのである。
解説ってなんの解説だろう?建築学について講義でもするのか、と思っていたらなんのことはない、ただの見間違いだった。
しかし、僕以外にも勘違いした人は絶対いると思うのだが、どうだろう?
(というか作中でもこのタイトルの紛らわしさについては触れられていた)

本作は主に、小説家としてデビューして、たちまち売れっ子になって、印税ががっぽがっぽ入ってきて、お金の使い道に困った挙句、結局は自分には一生かけても使い切れないと悟った水柿君(森博嗣)について書かれている。
(微妙に文体を真似てみた)
なんだよ金持ちの自慢話かよ!
と、思われるかもしれないが、不思議とあまり不快感というかいやらしさ僕はを感じない。
おそらく森博嗣自身が全く自慢話のつもりで書いていないからだと思う。
そういうのは伝わる。
ホントに、ファン向けに自分の私生活を面白おかしく書いているんだろう。

森ファンならもう知っていることだと思うが、森博嗣はすでに発表が決まっている作品をすべて発表した時点で完全に作家活動をやめると宣言している。
さしづめ今は引退へのカウントダウン中といったところか。
本作でも引退について書かれている。
引退に対する作家としての責任について触れられたところから引用すると、

そうはいっても、そのコアラなファン、もといコアなファンになると、ちょっとした責任を水柿君は感じるのだ。さすがの水柿君も微妙にほんの少しは感じるのだ。でも、まあ喩えるならば、ムヒを塗ってすっとすれば忘れるくらいの責任なので、そんな大したことではない。いいのか、こんな事書いて。



・・・・・・。
・・・・・・。
・・・・・・。

ひどい。
そりゃあ引退するかどうかなんて作家の自由だけどさぁ。
発表する作品の数を増やせとかは言わないのでもう少し、発表のペースが速くならないのかなぁ。
Gシリーズとか。

ファンは作品が出るまで待つしかない。
ポチは待てと言われれば待つしかない。
この主従関係はどうやっても覆せないのだ。

くそぅ。
ファンを待たせるとそれだけ期待が膨張してハードルが上がるんだからな。
つまらなかったらこのブログでボロクソに書いてやる。
ぐふふ。
ボロクソに言われたくなければ早くGシリーズの続きを書くのだ。

あ、でも、森博嗣は作品がどう言われようが気にならない、って言ってたっけ。

・・・・。
・・・・・。
・・・・・・。

ちくせう、ファンにできることは何もないのか(T_T)



最後に気に入った部分を引用してみる。

人間はいつでも、自分にとって一番価値のあるものを選ぶ。価値が見えないときは、価値がありそうなもの、あるいは、いずれ価値が出そうなものを選ぶ。無駄なように見えても、けっして無駄は選択されない。その人が信じる最善の道を必ず選んでいるのだ。怠けたほうが良いと思うから怠ける。罪を犯してでも欲しい物が手に入る、そちらのほうが良い、と思うから罪を犯す。人を裏切ってでも、自分の思い通りにしたい、と思うから人を裏切る。人を愛した方が、自分に価値がある、と考えれば人を愛するだろう。全部同じだ。誰もが自分の欲望のままに生きている。ただ、価値を見出す道理が、それぞれで違っているにすぎない。



自分を最優先にしなければ、自分が嫌な思いをするだけでなく、他人に迷惑をかけるし、ときに大切な人を傷つける。
そのことを20数年生きてきて僕は学んだ。
逆説的な内容だが、今のところ僕の人生においてこの命題は真だ。
私は自分の損得なんて考えずに他人のために行動できる、なんて人がいたら、その人はお釈迦様か、自分の本心に気づかないふりをしているか、いずれかだろう。

僕がニートをやっているのももちろん自分で望んだからそうなった。
現に大学で実験してた頃より今のほうがずっと幸せだ。
(ただ、このままの生活を続けていると将来的に幸せでなくなる確率が高いので何か策を考える必要がある)

この一節を読んで人生の教訓を思い出した次第である。

さっき、「最後に」と書いたがもう一箇所引用しようと思ったところが残っていた。
Mシリーズのラストを飾る名文(笑)だ。

諸君、読みたまえ。
これが小説だ。




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森博嗣 「工学部・水柿助教授の逡巡」 感想

否、本当はもっとたくさん面白いことを思いついたけれど、全部書いていると、ごちゃごちゃになる、ぐしゃぐしゃになる、訳がわからなくなってしまい、とんでもなく長くなりすぎて、きっと誰にも読んでもらえない、結果として作者の人格が疑われるだけだ、ついてくる読者はちょっと変な人ばかり、といった状況に至る不安がつきまとうのである。


(本文より)




森博嗣「工学部・水柿書教授の逡巡」


ゴメンナサイ、ついてきちゃった変な読者です。

このMシリーズ、完全に森博嗣の実験場というか遊び場というか、絶対に真面目に書いてないだろ!と突っ込みたくなってしまうけど笑えるのでついつい読んでしまう。

冒頭の引用文にあるようにこの「小説(笑)」がオモシロイと思ってしまうのは変な読者しかいない気がする。
あるいはコアな森博嗣ファンか。
むしろ「コアな森博嗣ファン」=「変な読者」という等式が成立してしまう可能性もなきにしもあらず・・・。

このMシリーズは、森博嗣がファンサービスなのかどうか不明だが自分自身のことを「水柿君」に仮託し、明らかに自分自身のことを書いているにもかかわらず、「これは小説だ」と主張しながら崩壊寸前の文体で綴っている作品である。
Mシリーズ一作目の「工学部・水柿助教授の日常」の方はまだ小説っぽかった(それも前半だけで後半は暴走気味)が、本作はもう最初っからぶっ飛んでいる。

読み始めてもいつになったら物語が動き出すかわからないし、動くのか?と見せかけて脇道にそれてみたり、さらにそこから話が脱線したりで、完全に小説ではない。
というか完全に森博嗣の視点で話が書かれているのだからそもそも小説とは呼べない。
本文に「読んできた人はもっと虚しい」とか書くんじゃない(笑)


この本を森博嗣を読んだことがない人が偶然本屋で手にとって、何かの気まぐれで読んでしまったら、きっとその人は絶対に森博嗣の作品を読まないだろう。
かけてもいい。
コアな森ファン向けに書かれた本だと思って買わないと、金買えせ!と言いたくなると思う。
森ファンにとっては結構笑えると思うんだけど。

Mシリーズ第二作「工学部・水柿助教授の逡巡」は、約99%がおふざけで書かれているがちょっっっっっとだけ真面目な部分もある。
以下、そんな微小成分を抜粋。

ものの価値を測る物差しは、とてもたくさんあって、その物差しの数が少ない人が、貧しい、物差しを沢山持っている、豊か、ということになるだろう。



貧富を測る基準はお金ではない、様々な価値観を許容できる人が「豊か」である、という意味に僕はとった。
自分の価値観だけが絶対だと信じていて、他人の価値観を否定したがる人が世の中には相当数いる。
少なくとも僕の経験上は。
これからはそういった人に攻撃されたときは、この人は貧しい人なんだな、と思うようにしよう。

この一文に出会えただけでこの本を読んだ価値があった、とは言いすぎかもしれないけど、ふざけてるだけじゃない、時々真面目な内容も織り交ぜてくるのは読者を飽きさせない技だな、と思った。

まぁ、ほとんどがバカみたいな内容だからこの一文を探しだすのが大変なんだけど(笑)

 

森博嗣 「工学部水柿助教授の日常」 感想



森博嗣 「工学部水柿助教授の日常」

水柿君はN大工学部の助教授。
専門は建築。
趣味は模型工作。
2歳年下の須磨子さんと結婚したのは24の時。
奥さんの趣味はイラストと読書。
そして、水柿君は後にミステリィ作家となる・・・

って、これどう考えても森博嗣本人のことじゃん。

水柿君=森博嗣
須磨子さん=スバル氏

小説という形をとっているが、森博嗣の日常を描いている、絶対に。
ていうか、作者が途中で小説であることを忘れている。
「(これは)小説だったな」とか言い出す。
地の文は水柿君視点だったはずがいつの間にか、作者視点になり、話は脇道に逸れに逸れて、もはや話の本筋がどこだったのかわからなくなり・・・。
でも、一話分を読み通してみるとちゃんと話がまとまっているあたりは流石、水柿君、・・・いや、森博嗣だなと。

しかし、いいのか?
須磨子さんは7人目のガールフレンドだったが、その前の6人がどんな女性だったのか、なんて書いてしまって。
しかも、3人目はかてきょ先の教え子だったとか・・・。

水柿君は、これは小説だ、と主張している(執拗に)
フィクションだから問題ないのか・・・
いや、絶対フィクションじゃないだろ。
作者が小説だと言い張る以上、どこまでが事実なのかは判断できないが、9割方実話だと僕は思っている。

中身であるが、森博嗣のユーモアがぎっしり詰め込まれている。
7,8割がユーモアで構成されている、と言っても過言ではない。
何度も爆笑させてもらった。
話が横道に逸れてもひたすら笑いを取りに来るのは西尾維新の物語シリーズっぽい。

さて、このシリーズ、「工学部水柿助教授の日常」に始まって「工学部水柿助教授の逡巡」、「工学部水柿助教授の解脱」まで続く三部作である。
(解脱を解説と見間違えたのは僕だけじゃないよな)
森博嗣の為人とか日常生活を知りたいかなりコアなファン向けの本なのは間違いないんだが・・・
僕は読むのか?
まぁ、読むんだろうな。
森博嗣ほどハズレの少ない作家ってなかなかいないし。
何よりこのシリーズ、笑いに関しては外さなさそうだし。

あぁ、どんどんマニアックな森ファンになっていく・・・。

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森博嗣 「レタス・フライ」 感想



森博嗣の短篇集。
収録作品は以下の通り。

ラジオの似会う夜
檻とプリズム
証明可能な煙突掃除人
皇帝の夢
私を失望させて
麗しき黒髪に種を
コシジ君のこと
砂の街
刀之津診療所の怪
ライ麦畑で増幅して

最後の「ライ麦畑で増幅して」ってなんだ??
いや、「ライ麦畑でつかまえて」をもじっているのはわかるが…。
(邦題はもちろん、"The Amplifier in the Rye")
にしても「増幅して」って。
ライ麦畑で一体、何を増幅しようというのか。

森博嗣はタイトルを付けるがほんとに上手い。
「すべてがFになる」とか「有限と微小のパン」とか、一度見ただけで覚えてしまうインパクトがあって、かつどんな内容なんだろうと興味を惹かれる。
何より響きが硬質で、カッコイイ。

「ライ麦畑で増幅して」は非常に森博嗣らしいネーミングだと思った。
中身を読む前に内容を想像するだけで楽しい。

以下、それぞれの作品の感想をいくつか。


「ラジオの似会う夜」

登場人物の名前は殆ど出てこないが、森博嗣の作品をずっと読んできた人には「私」、「離婚した妻」、「直属の部下」が誰のことだかすぐわかるだろう。
彼の視点で物語が進むのはあまりなかったので、ちょっと新鮮だった。
最後まで読んでからこのタイトルもうまいな、と思った。


「皇帝の夢」

短編と言うよりショートショート。(この作品以外にも本短篇集にはショートショートがいくらか収録されている)
「胎児の夢」、って言葉が出てくるとやっぱり「ドグラ・マグラ」が想起されるけど、内容的にも意識して書いているみたい。
この手のオチは結構好きだ。


「刀之津診療所の怪」

萌絵、加部谷、山吹、海月たちが登場するシリーズ関連の短編。
白刃島にある診療所にまつわる怪談に一行は興味を持つ。

途中でオチが見えたおかげでニヤニヤしながら読むことができた。
そうかー。
我らがヒロインは今だ健在だったわけですね。
西之園嬢との再開は何年ぶりになるのか。
シリーズファンにはたまらないサービスだ。
でも、このオチはシリーズに加えて短篇集も読んでないとわからないよな。
オチに納得出来なかった人に、他の本を買わせるための策略だろうか。

「お茶でも入れましょう。フランソワ」




「ライ麦畑で増幅して」

タイトルと内容のつながりが僕にはいまいちわからなかった。
「増幅して」の部分はわかったんだけど。
「ライ麦畑でつかまえて」を読んだことがないせいかもしれない。

しかし、驚天動地だったのはあの美術鑑定士が登場したことだ。
全く予測していなかっただけに衝撃はハンパなかった。
ていうか、また女口説いとるのかお前は。

もう、これだから森作品はやめられない。

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川島正和 『なぜ、働かないで年収1億になれたのか?』 感想



『なぜ、働かないで年収1億円になれたのか? 仕事、恋愛、健康、旅行、買物……全ての夢をかなえた私の方法』
川島正和 著

さて、いかがわしいタイトルの本である。
もちろん、働かずに収入を得ることは不可能なので、このタイトルは嘘だ。
おそらくは、「なぜ一般的な人に比べると極端に少ない労力で年収1億になるなることができたのか?」というのがホントのところだと思われる。
(まぁ、こんなまどろっこしいタイトルだったら誰も買わないよね(笑)インパクトのあるタイトルにしないと売れないんだろう)

冒頭、

『結果を良くしたければ「くだらない」とか「違う」と思っても、自分の価値観の方を否定して、本に書いてあることを優先する必要があります』

ん?

『これまでのような思考パターンになった瞬間に「間違っているのは俺だ!!」と叫べばいいわけです。そして、「本に書いてあることを信じないと!!」と思い直すようにするのです』

・・・・・・・・・・・。
あなたは何様ですか?
すっごい、偉そうなんだけど。
「本に書いてあることを信じないと!!」って、この本は聖書ですか?
あなたは教祖様?

「はじめに」を読んだ時点で頭に来て、危うくライターで火をつけそうになったが、寸のところで思いとどまった。
そうそう、最近、火災報知機がついたんだった。
危ない危ない。

火災報知機のせいで焼却しそこなったので、仕方なく続きを読むことにした。
で、驚いた。

こんなタイトルの割に、まともなことが書いてある
普通の自己啓発本に書いてありそうな内容なのだ。
問題点は、この本に書いてあることを絶対的に信じなさい、と言っていることと、健康法がやや民間療法くさいくらいで、他は極めてまともだった。
まぁ、まともすぎというか、当たり前すぎるので目新しい情報は皆無だったが、それでもこんな胡散臭いタイトルで中見がまともな本はかなり珍しいだろう。

タイトルにつられて買ってしまったおばかさんを教育するにはいいのかもしれない。
そういう意味では、社会的意義のある本だと言える。
要は何の努力もせずに儲ける方法なんてないってことだ。

(ところでタイトルにつられて買ったおばかさんって誰のことだろうね(苦笑))


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